作者の水無月みと(@MinazukiMito)です。新話投稿したらTwitterでお知らせするのでフォローしてください。
腐ったドラゴンの討伐戦②
ロクシィがログイン処理を終えると同時に、視界の中に居た味方の全てが掻き消える。
そしてその代わりに、広間の中央に嫌でも目を引く巨大な獣が出現した。
「グルル・・・」
ドラゴンゾンビは四足歩行だが、体重を支え切れないのか腹部を引き摺るように移動している。そのままずるずると這い回り、時折その尾や腕を振り回しつつキョロキョロと視線を動かしていた。鏡を通さなければ俺の目には映らないが、あの視線の先にはケンシがいる。
「ふん。まるで幻覚の虫でも払っているようだな」
まあ、ハザマにログインしたプレイヤーであれば、地下とバーチャルの両方の人間が見えているから、どちらかにしかログインしていない他のプレイヤーからは同じように見えるのだが。
ハザマログイン中のプレイヤーがバーチャルのプレイヤーに声を掛けている様は、地下のプレイヤーからすればさながら幽霊と会話しているかのように見える。
ハザマが不人気の理由の1つだ。「まるで幽世と現世の”ハザマ”のようだ」と。・・・だからこのエリアはアンデットなのか?
現に地下ログイン中の味方の姿は消えているが、ハザマに居ると思わしき敵グループは、相変わらずドラゴンの向こうにたむろしている。
しかし未だ解決されていない矛盾もある。ドラゴンゾンビの存在が地下ログインで視認できなかった以上、アレがバーチャル側の存在であることは間違いないはずだ。
だが奴の攻撃は地下ログイン中の味方プレイヤーに通っている。本来干渉できないはずの、バーチャルGーsideから地下Gーsideへの攻撃。
「ゲームのイベント上の特別仕様か、それともこれも何かギミックがあるのか」
判断材料が無いものを考えても仕方ない。とにかく今の俺の仕事はアレの討伐だ。
「まずはこっちを向け。【召喚ーダガーー複製ーファイアーショット】」
アレウスのスキルや魔法の発動は、コマンドの発言に依って成される。”発動したいものを発動する順に”。これが基本だ。
さっき地下ログイン中に剣を飛ばした時のように、今回は短剣を召喚。そしてそれを複製し10本に増やす。
そのすべてに【ファイア】を付与し、ショットで飛ばす。これが今回俺が発動させた、アレウス・ファンタジアの魔法だ。
ちなみに威力や複製可能な上限数はプレイヤーのレベルに依存する。
ドラゴンゾンビ目掛けて飛翔したダガーは狙い通りに突き刺さり、付与されたファイアにより追加ダメージを食らわせる。
「ギャオォウッ!!!」
標的をこちらに向けさせることだけが目的だったのでそれ程威力は上げていないが、それでもアンデットに対する炎属性の優位は効いたらしい。狙い通り、その目に怒りを滾らせてこちらを振り返った。
「さあ来い。その場所を空けろ」
あんなデカブツが味方の近くをウロウロしていたら、不意の事故が起きかねない。まずはこの俺しかいない広間の端までご足労頂くとしよう。
戦闘開始
「グラァァァァッ!!」
「おっと」
あいつ、ブレスなんて持っていたのか。ゾンビらしく毒の霧とは。毒耐性があるとはいえ、何度も発動されると蓄積で状態異常になるかもしれないな。
ジェットシューズで空中に跳び上がり、毒霧を回避する。
「【召喚ーダガーー複製ーファイアーショット】」
空中でコマンドを発動し、さっきと同様に火を纏う短剣を投げつける。
アレウスの魔法は、コマンド1つにつき1つの事象しか指定できない。
【ファイア】は火を発生させる魔法でしかなく、着火する以外の用途は無い。
基本的に戦闘で使用するならば、更にコマンドを使って”その火をどうしたいのか”を指定しなければならない。
故にこれだけ付与して発動するとなるとかなり早口になるのだが、そこは慣れだ。最早無意識でもこのくらいは出来る。それ程長い時間やり込んだのだから。
のしのしと相変わらず緩慢な動きではあるが、ようやく奴の物理攻撃の射程圏内まで接近したらしい。右腕を振り上げ、空中に居る俺を叩き落とさんと振り抜く。
「フン。遅い」
振り下ろされた右腕を回避し、そのまま左の脇の下を抜けるように空中を移動する。
右手には剣。これは召喚で呼び出したものではなく、俺がアイテムとして所持する愛用品だ。鍛冶馬鹿プレイヤーに素材を献上して打たせた逸品、切れ味は推して知るべし。
ボトッ
すり抜け様、体ごと回転させて勢いを乗せた剣を薙ぎ、左腕を切り落とした。アーツの【スラッシュ】を乗せた一撃。刀身は長くは無いが、威力は申し分なかったようだ。
片腕を失い、”元”四足の獣は支えの無くなった左側へと傾いでいく。「ズシン」という派手な音と、獣の悲鳴が響き渡った。
間髪入れずにもう一度跳び上がり、もがく獣の背後に回る。狙うは、首。
「【ファイアーシースースラッシュ】」
刀身にファイアを纏わせ、スラッシュで一気に殺りに行く。・・・シースって、”纏わせる”というイメージはわかるがどうなんだと思わなくもない。
剣を構え、首の後ろを目掛けて急降下する。目前で柄を強く握り、いざ振り抜こうとした時だった。
「ッ!」
空を切り裂く音と共に、視界の右端に何かが一瞬映り込んだ。続いて強い衝撃。全く受け身が取れなかったために、弾き飛ばされて数メートル吹き飛ぶ。
「クッ・・・」
空中姿勢を立て直し、ドラゴンゾンビに向き直る。そこには三足で立ち上がり、長い尾を振り回す激昂した獣が居た。
「尾か。油断した」
先ほど一瞬視界に映り込んだのはコイツの尾だったらしい。完全に死角だったな。手負いの獣を相手に油断するとは、とんだ失態だ。
「ふん。そうか、舐めて悪かったな」
相手を分析しながら戦うのは基本だ。だが、それは倒すのに時間のかかる相手なら、という話だ。例えば一撃で倒せる相手の為に、いちいち技の有効範囲やら追加効果やらを検証するなど時間の無駄でしかない。
今回俺はこいつの緩慢な動きといくつかの攻撃を見て、”速度で圧倒すれば倒せる相手”と判断していた。だが見誤っていたようだ。
ここから
ドラゴンゾンビはこちらを睨み付けながら尾を床に叩きつけ、頸を回しその顎を大きく開く。
「ガァッ!」
「またブレスか」
先ほどと同じように上空へ逃れる。が、一度見て学習していたのか、更に俺が移動した先を目掛けてブレスを放ってきた。
流石、腐ってもドラゴン。開戦直後にケンシだけ狙っていた様子から知能は高くないと思っていたのだが、誤認だったな。
逃げ回るだけでは話にならない。こちらも隙を見てダガーを投げつけつつ接近を試みる。
だが、一定距離まで近づくと決まって尾の一撃が飛んでくる。尾を警戒して正面に回ればブレス。一般的なドラゴンのブレスには一定のラグが発生するのだが、こいつにはないらしい。
奴の周囲を飛び回りながら時折攻撃を加え、すぐに離脱を繰り返す。今すべきは倒す事ではなく、致命傷を受けないこと。そしてこいつの攻撃や、クリティカルを狙える急所を探す事。
・・・背中には攻撃の通りが悪いな。逆に腹側はそれ程固くはないようだ。とはいえ腹を引き摺って移動している以上、この上なく狙いにくいわけだが。
更にもう一つ。奴の攻撃パターンは、基本的に尾とブレスの二択だ。
初撃で左腕を落としたのは正解だったらしい。残った右腕は体を支えるばかりで、攻撃に使用してくることは無い。
顔周りを飛び回ってみたが、何度か頭を振って頭突きをしてきたものの、噛み付こうとはして来なかった。恐らくゾンビ故に既に牙は失っているのだろう。
・・・だが、時間的なリミットが迫りつつあった。
「チッ。このままだと本当に毒の状態異常が発生するな。霧状だからその場に多少残るのか」
何度も吐き出されたブレスにより、周囲の空間が薄っすらと紫色の靄に覆われてきている。これ以上時間をかけるのは得策ではなさそうだ。
尾が鼻先を通過していった瞬間を狙い、シューズのジェットを噴かす。強引にでも距離を詰め、近接戦でさっさと止めを刺しに行こう。
剣を正面に構え、ドラゴンゾンビ目掛けて突撃する。
狙うは右脇腹。奴の弱点は腹だが、常に腹を地につけて引き摺るように動き回るやつの弱点をさらさせるためには横倒しにしなければならない。
右から衝撃を受けた体は左に傾くのは道理。だがその左側に、支えとなるべき腕は無い。
自分ごと突き刺さりに行く気構えで直線に突っ込む。
結論から言えばしくじった。
奴は尾を振った勢いのままに体を回転させ、その頭がこちらを向く。
またブレスか、と思ったが、目に映ったのは”牙”。何度も見たブレスの予備動作は、開く以前に口端から紫の靄が漏れ出していた。
しかし今回は違う。牙が見えるという事は、靄の発生は無い。
ドラゴンを相手にしていると思えば当然選択肢にあって然るべき”喰らい付き”。予想はしていた。だからこそ何度も顔の周りを飛び回って挑発したのだ。
「・・・腐ったトカゲの分際で、ブラフか!」
俺の体を丸ごと吞み込めそうな大口。このまま口に飛び込んで行って、その内側から剣を突き立ててやることも考えた。だがそれをすれば、こちらも大ダメージは免れないだろう。
「【シールドー召喚ーチェインーバインド】!」
自分を覆うように球状のシールドを発動させ、召喚で鎖を呼び出す。そして、鎖によるバインドを”俺自身に”掛けた。
「ガキンッ!」と硬質な音が間近で響き、俺のシールドの外側に絡みついた鎖が何本か砕けて消えた。
呪文1つで強化することが出来ないGーsideゲーム。防御力の底上げを狙うなら、小細工と術の重ね掛けで工夫するしかない。
・・・全く。これがunknownなら、シールドとチェインに追加効果でも乗せられたものを。アレウスではコマンドの発語が必要故に時間がかかる。そのワンテンポ遅れたばかりに、ただ”防ぐ”事だけに注力した盾になってしまった。
unknownプレイヤーにとって、unknown以外のゲームにログインした状態は”全力が出せない事”を意味する。
unknownでは、本人がプレイ履歴を持つ全てのゲームの習得済の技が使えるのだ。
今回で言えば、unknownにログインした状態であれば想像しただけで同じシールドを展開することが出来たはず。
アレウスとは別タイトル、「あの日の師匠とグリモワール」は、イメージによって魔法を発動するゲームだ。アレウスの魔法の挙動を想像するだけで再現できる。コマンドの発語を丸ごと省略できるのだ。
「まあ、文句を垂れても仕方ない。これでもきちんと利点はあるからな。それにいい加減終わりにするとしよう。【ブレイク】」
ドラゴンゾンビの顎に突っかえた状態のシールドを解除し、口が閉じられる前に後方に飛んで回避する。
俺の目前で、「バクン」と音を立ててドラゴンの口が閉じられた。
しかし、俺が解除したのはシールドのみ。バインドに使用していたチェインは残ったままだ。その残ったチェインがドラゴンの口の中から垂れ下がるように見えている。
「フン。噛み癖の悪い顎は二度と開けないようにしてやる。【バインド】」
鎖が動き、ドラゴンの顎に絡みついていく。
慌てて鎖を吐き出そうとしたようだが遅い。見る間に雁字搦めに拘束され、開かなくなった口でくぐもった唸り声をあげている。フン、いくら暴れようが外れはしないぞ。
「さて、当初の予定とは違うが、”背中側ではない”という意味では喉も一緒だな」
さっきまではブレスの危険があったために到底狙えなかった場所。だが今は、そのブレスを吐き出すための口は何重にも絡みつく鎖で開く事さえできない。
地面に降り立ち、剣を構える。喉を狙うなら、下から上への攻撃の方がやりやすいからな。
「終わりだ」
地を蹴ると同時にジェットを噴かし、一気に加速する。本来空中で推進力を得るためのジェットは、地上で使用すれば人間離れした加速力を得ることが出来るのだ。正直、空中戦で扱うよりはるかに難易度が高い。
ドラゴンゾンビの目前で上へと飛ぶ。その首のすぐ横を抜ける位置を狙って。
「【ファイアーシースースラッシュ】」
すれ違い様にアーツを発動し、剣を振り抜く。
さっきまでやかましく上がっていた唸り声がピタリと止み、次いで”ゴトッ”という重いものが落ちた音。
空中で振り返れば、頭部を失ったドラゴンがぐらりと揺らぎ、その体を地に投げ出すところだった。
「ふん。まあ、それなりの手応えだったな」
地響きを上げて倒れ、次いでその体が崩れるように消えていく。消えた後、その心臓があったと思しき場所に何かが転がっているのが見える。
「ドロップか」
討伐の醍醐味、ドロップアイテム。いかにも”ここだ”と主張するように光っているそれを目掛け、地上へと降りて行った。
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